【47歳】主婦が「延髄の脳梗塞」と診断!発症から転院までの19日間の症状を記録


2022年12月10日、47歳の主婦が「延髄(えんずい)の脳梗塞」を発症しました。

脳梗塞というと「高齢者の病気」というイメージがあるかもしれません。でも、なるのは高齢者だけじゃないんです。

わたしはスーパーのレジをしている、どこにでもいる普通の主婦です。

この記事では、「延髄の脳梗塞ってどんな症状なの?」という疑問に答えながら、わたしが実際に経験した発症〜リハビリ病院への転院までの19日間を記録しています。

同じような症状で不安に思っている方や、ご家族が脳梗塞になった方の、少しでも参考になれば嬉しいです。

延髄の脳梗塞とは?症状の特徴

まず「延髄(えんずい)の脳梗塞」について、わたしが経験したことをもとに簡単に説明します。

延髄は、脳の下部にある部位で、呼吸・心拍・嚥下(飲み込み)・バランスなどをコントロールしています。ここに梗塞が起きると、一般的な脳梗塞とは少し違う症状が出ることがあります。

わたしに出た主な症状はこちらです。

  • 強烈なめまい・ふらつき(立っていられないほど)

  • 眼振(目が勝手に動いてしまう)

  • 複視(ものが二重に見える)

  • 片側の麻痺(左手・左足のしびれや動かしにくさ)

  • 左目が半分しか開かない

  • 温度感覚の異常(右半身の熱さの感じ方がおかしい)

  • 嚥下障害(むせる)

「頭が痛い・半身不随」といったイメージの脳梗塞とは違い、強烈なめまいが主症状だったため、最初は脳梗塞だと思いませんでした。

⚠️ こんな症状が突然出たらすぐ救急車を! 今まで感じたことのない頭痛・急激なめまい・まっすぐ歩けない・顔や手足のしびれ・ものが二重に見える、これらが突然起きた場合は迷わず119番してください。

発症の瞬間

2022年12月10日(土)、あるコミュニティの忘年会に参加していました。

受付を任せてもらったので、10時過ぎには会場入り。無事受付を済ませ、忘年会が始まったのが11時30分でした。

乾杯が終わって11時40分、左目の上のあたりに今まで感じたことのない痛みが起きました。

もともと頭痛持ちだったのですが、比べ物にならないほどの痛みでした。

少しすると、ふらついてきて立っていることもできなくなりました。

会場の外のソファで休んでみたけれど、よくなる兆しはありません。

「いつもと違う」 と気づいたので、すぐ夫に連絡し迎えを待ちました。

歩いてみるとまっすぐ歩けない。左に寄っていく感じがありました。

夫の到着を待って救急車を呼んでもらいましたが、その頃にはめまい・ふらつきがひどくなっていました。

救急車から病室まで

救急車が到着し、自力では担架に乗れなかったので職員さんに乗せてもらいました。

救急車の中では、名前と生年月日を確認されたり、手や足が動くか?確認したり、血圧を測ったりしていました。

意識はあるけれど、めまいがひどくて救急車の景色は覚えていません。

救急病院に到着すると、そこで夫とは別々に・・・。

CTやMRIなど、いろんな検査や処置が行われました。

吐き気もあり、一度だけ(少量)もどしました。

意識はあるのですが、眼振がひどく先生や看護師さんの顔が全く見えませんでした。

検査の結果、先生に「過去に脳梗塞が発症した跡があります。」と言われたのを覚えています。

その日の検査では原因がわからず、そのまま病室に運ばれ、入院になりました。

救急病院で診察中に考えていたこと

救急病院で診察を受けながら、いろんな事を考えていました。

  • 終活しておけばよかった

  • お金のこと、夫にわかるようにしておけばよかった

  • 明日仕事なのに・・

  • みんなに迷惑かけるなぁ・・

  • 忘年会盛り上がってるといいなぁ・・

  • このまま死んじゃうのかなぁ・・

  • ん?もう父ちゃんや子供達と会えないかもなぁ・・

  • 子供達も大きくなったし、シアワセな人生だったなぁ・・

シアワセだったと証明するために、MRIなどの検査に入るときは口角をあげて入っていました。

笑顔で人生を終わりたかったから・・。

今、思うと笑えちゃいますけど、その時は一生懸命・本気で思って行動していました。

救急病院での19日間

2022年12月10日(土)入院当日

めまいがひどく病室のベッドに運ばれてからの記憶がありません。

生きているんだとか入院してるんだとかは理解できていました。

原因もわかっておらず、点滴の治療が行われていました。

この日の症状

  • 左足が思うように動かせない

  • 左手が痺れている

  • めまい

  • 眼振

  • 時々吐き気

食事も普通に出てきたのですが、食欲はないのに、ベッドで寝ているわきに食事を置かれ、寝ながら食べるのか?と思い一口食べましたが、むせました。

紙オムツをはいていたんですが、いくら頑張ってもオムツの中では出せませんでした。

トイレの度に看護師さんを呼んで[管]を入れてもらいました。

2022年12月11日(日)/2日目

日曜だからか検査などはなく、ずっとベッドにいました。

ずーっと寝ているからか、いろんなこと考えているからか、夜あまり眠れませんでした。

めまいや眼振は続いていて、相変わらず先生や看護師さんの顔が見えない。

でも、症状は和らぎ、ご飯を少し食べる事ができました。

車椅子でトイレも行けるようになり、[管]卒業できました。

Twitter の仲間や職場の友達に、現在の症状を伝えました。

https://twitter.com/noco04291843/status/1601657298199642113

2022年12月12日(月)/3日目

夜、よく眠れました。

めまいも眼振も減ってきてずいぶん楽になったけど、焦点が合わない。

モノが二重に見えていました。複視(ふくし)と言うそうです。

左半身の麻痺??と気付き、「顔どうなっているんだろ?」と鏡で見ました。

鏡に映った自分の左目は半分くらいしか開いていませんでした。

顔が変わってしまったことにショックを受けました

通常のMRIと造影剤を入れたMRIで2回検査。

この日「延髄(えんずい)の脳梗塞」と病名がつきました。

血液をサラサラにする薬(エフィエント)を飲み始めました。

2022年12月13日(火)/4日目

めまいはほとんどなくなりました。

まだ、焦点が合わずまだモノが2重に見えます。

脊髄のMRIを撮りました。子宮筋腫が見つかりましたが、これは前からわかっていて様子見の途中でした。

この日からリハビリが開始

握力・指の動き・飲み込みの確認からスタート。

リハビリ師さんに麻痺の度合いは「6段階中1(軽度)」と言われました。

「立ってみましょう」と言われた時に「立つ??どうやって??」って思ったことが忘れられません。左足が思うように動かせず、立つためにどう足を動かしたらいいのか、わかりませんでした。

でもその日のうちにふらつきはあるけど、立てるようになりました。

勝手に自分の中で「立てない」と思い込んでいたんですね。

2022年12月14日(水)/5日目

画像はイメージです

原因もわかったため、検査はなく投薬とリハビリメインの治療に変わってきました。

リハビリは1日2単位(20分×2回)。立つ練習・歩く練習がメイン。

歩行器を使ったらすごく歩きやすい!

まだ見守りは必要ですが、車椅子トイレから歩行器トイレに昇格しました♪

ちょっと遅くなったんだけど職場に電話で症状を伝えました。

脳出血を経験している同僚とも話しました。

電話、たらい回しでしたが、みんなが喜んでくれてよかったです。

Twitter でも報告しました。

https://twitter.com/noco04291843/status/1602922095553679361

2022年12月15日(木)/6日目

家族全員と久しぶりに再会。(面会禁止だったので、症状説明を聞くためだけに来てもらいました)

まだものは二重に見えるし、歩行器を使って歩いている状態。

先生に「退院しても日常生活が一人でできるかはわかりません」と伝えられ、ショックを受けました。

リハビリ病院への転院を勧められたので、その場で転院希望を出しました。

この日やったこと

  • (温かい飲み物が飲みたくて)自販機までリハビリ時に歩行器を使って買いに行った

  • 頭を洗いたくて、看護師さんにシャンプーしてもらった

  • 娘がたい焼きとコーヒーを買ってきてくれて食べた

2022年12月16日(金)/7日目

リハビリは歩行器でたくさん歩いたり、10センチの台に片足ずつ乗せる練習。

左足を上げようとするとコントロールがうまくできず、ビヨンと上がりすぎてしまいます。左足が自分の足じゃない・軽い感覚でした。

シャワーの許可も出たので、ふらつきながら一人で入りました。服の脱ぎ着で左足で立つ時にふらつきます。

この頃からカラダの右側がカーっと熱くなる感覚を覚え始めます。

2022年12月17日(土)/8日目

土日はリハビリがお休みなので、自主的に歩行器で合計20分ほど歩きました。

ものが二重に見えていたのが、少し良くなった気がします。

**複視、治るのかも!**と、とても嬉しかった。

右手で熱いものを触るとザワザワーっと気持ち悪い感覚(温度センサーの異常)。しばらく触っていると熱いと感じます。

熱いものを触るときは**まずは左手から!**と学びました。

2022年12月18日(日)/9日目

今日もリハビリは無し。

歩行器で合計10分ほど歩きました。

シャワーも前回より安定して入れるようになりました。

脳って失った感覚を、体験しながら新しく覚えていくスンバラしい装置だなぁと感じました。

2022年12月19日(月)/10日目

今日の新潟は大雪でした。

病院から国道の渋滞が見えました。

今日のリハビリは歩行器なしで歩く練習でした。

自分がアシモ(ロボット)みたいな動きをしていて、笑ってしまいました。

2022年12月20日(火)/11日目

歩行器で売店(セブンイレブン)まで一人で行ける許可が出ました。

テンション上がります!

点滴も完全に終わりました。

自由を手に入れました。

2022年12月21日(水)/12日目

Twitter に久しぶりの投稿。

この日は朝陽がとっても綺麗でした。

Twitterのこの文。

明日の事なんか、誰にもわからないから、今日、今を一生懸命生きることにしました。

病気をしてから強く思うことです。

https://twitter.com/noco04291843/status/1605357354920574976

2022年12月22日(木)/13日目

ふらつきはあるけれど、一人で歩けるようになりました。

一人で歩く姿を見た看護師さんに「よかったね、退院できますね」と言われて、戸惑いました。

戸惑ったのは転院するつもりだったから・・。

病院側は一人で歩けるようになったら「退院」という考えみたいでした。

居場所がない?と感じたのはこの頃です。

2022年12月23日(金)/14日目

退院か転院か・・・。

モヤモヤした時間を過ごしていました。

一人で歩けるようになったけど、復職のためのリハビリをしたい。

私の場合、スーパーのレジだから、お米やビールの箱など重たいものを持つこともあるだろう。

そういう練習もしたい!もっと安定して歩けるようになりたい!

午後、看護師さんに「29日にリハビリ病院への転院が決まりました」と連絡いただいた時は心底ホッとしました。

2022年12月24日(土)・25日(日)/15・16日目

世間はクリスマス。

土日だからリハビリもないので自主トレをしました。

日常の動作も一人でできるようになったので、のんびり過ごしていました。

家族に会いたいな・・

美味しいもの食べたいな・・

強く感じていました。

2022年12月26日(月)〜28日(水)/17~19日目

リハビリでは体幹を鍛える動作や、車の免許をとるための高次脳機能の検査の練習をしました。

脳梗塞になると車の運転ができなくなるなんて知らなかったから、聞いた時はショックでした。

モノが二重に見えていた時は運転は難しいと言われてきたけれど、今はスッキリ見えるし、復職にも必要なので乗れるようになりたい!

明日、いよいよリハビリ病院への転院です。

残っている後遺症と回復の経過

転院後の回復

リハビリ病院では、復職を目標に本格的なリハビリを続けました。

運転に必要な高次脳機能の検査でA評価(最高評価)を獲得し、2023年2月9日に運転が再開できました。

そして、2023年3月18日に職場への復職が決まりました。

2023年3月現在、残っている後遺症

  • 右半身の温度センサーの異常

  • 喉に違和感

  • 左目が3分の1開きにくくなった

  • 左足を軸にした時のバランスが悪い(少しだけ)

  • 肩周りが重たい(PCやゲームのやりすぎかも・・)

  • 腕を長時間上にあげていると辛い(ドライヤー時など)

これくらいで、済んだので私の脳梗塞は軽かったんだなと感じます。

伝えたいこと

47歳で脳梗塞を発症した時は「まさか自分が!!」と思わずにはいられませんでした。

幸い、後遺症も軽く、2023年3月18日復職も叶いました。

この記事をここまで読んでくださった方に一番伝えたいことがあります。

当たり前に感謝して、1日1日を精一杯生きてほしい

家族と過ごせること、朝目覚めること、美味しいものを食べること、好きな場所に行けること・・・どれも、当たり前になりがちです。

でも、当たり前じゃない現実に向き合いました。

怖かった・・

最初はもう家族に会えないんじゃないか?

明日は目が覚めないんじゃないかって怖かったです。

退院して家族と過ごせる時間が訪れ、今までにないシアワセも感じています。

それに気づかせてもらえた「脳梗塞」に、実は感謝もしています。

病気にならなければ気づかなかったこと、出会わなかった人、知らなかったことなどたくさんありました。

自分のカラダは代えのきかない一台の乗り物です。

自分でメンテナンスして大切にしてあげてくださいね。

ダラダラと長くなりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。